【繊細さん】私がHSPだと自覚して心が幸せになった話

波間を歩く女性の後ろ姿 日常
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皆さんこんにちは、アラサーフリーターのmamuです。

『HSP』・『繊細さん』という言葉を最近になって、頻繁に見聞きするようになった。

その言葉に出会った当初の私は、一体それが何を指す事なのかを知らなかった。

今これにお目通し頂いているあなたは『HSP』という言葉が指す意味をご存じだろうか?

HSP(Highly Sensitive Person)ハイリー・センシティブ・パーソンの頭文字を取ったもので、生まれつき『感受性が強く敏感な気質をもった人』という意味だ。

長々と英語が羅列されると、妙に物々しく感じるかもしれないが、これはあくまでも生まれ持った先天的な性質や気質であり、決して病気ではない。

その特徴はザックリと、視覚や嗅覚といった所から刺激に過敏だったり共感力が高かったり、些細な事を察知するといった事。

所謂、人より少し敏感で繊細な人という個性を持っているという事だ。

そして、これに当てはまったらHSPだ!とか、当てはまらないからHSPじゃない!という物でも無く、誰もが当てはまるような事でもそれをより強く感じる人という事である。

この『繊細さん』は統計的に人口の15~20%、約8割の人は特徴に当てはまらないそうだ。

私はこの『HSP・繊細さん』という言葉に出会ったその日、大変な衝撃を受けたものである。

今まで漠然と「人とは少し違うな…」とモヤモヤしていたものの正体が分かっただけで、随分と気持ちが楽になるのだとこの時実感した。

そして、HSPという言葉に出会ってからというもの、私はそういう性質を持っているから!と自覚出来るようになったのだ。

これは私の人生においての大革命であった。

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HSP内向型の傾向が強い私のあるある

私は今まで「少し皆と違っているなぁ」と自覚して生きて来た。

ふと思い出すのは小学生時代、仲の良い友達たちと楽しくお喋りしていた休み時間での出来事。

会話は「公園に行って楽しかった」とか「買い物に連れて行ってもらって楽しかった」とか、とにかく最近起きた出来事の中で楽しかった事の話題だった。

「mamuちゃんが楽しかった事は?」と話題を振られた私は「空がめっちゃ青くて楽しい気分になった」と話した。

その途端に「…ん?…え?」みたいな雰囲気になったのである。

本当に一瞬の時間だったけれど、友達の表情から『私は変な事を言ってしまったのだ』と自覚した。

青く澄み渡る空に白い雲、季節によって同じ空の青い色が変化する事や、春には春の夏には夏の風の香りがする事が私は昔から大好きだった。

今この瞬間の空の色を切り取った色の花があったら素敵だろうな、とかそんな事をぼんやり考えるのが大好きだった。

両親も私の感受性を理解してくれているので、「何それめっちゃいいやん!」と褒めてくれたりしていたのだ。

しかし、学校という小さな社会の中で自分が少しズレているのだと気付いた時は怖かったものである。

日常の中には他にも私が心動かされる物事が溢れていた。

例えば、登下校時に香るキンモクセイの匂いに季節の移ろいを感じたり、冬の朝のピンとした空気に胸躍ったり。

だけど私がそういった話を友達に話す事は徐々に無くなった。

皆はそんな話をしないから、である。

私は大人になっても同じような事を感じ、同じような事を考えている。

この時の私に自覚は無くとも、その性質は生まれ持ったもので、変わるものでは無い。

感動モノの映画を見た翌日、その映画のおススメをしてあらすじを話している最中に、その時の感動を思い出して涙を流してしまった事もある。

同じようにその映画のCMが流れただけで泣きそうになって、涙を必死に堪えた。

あまりに美しいピアノの音色に感涙する事もあった。

また、凄惨なニュースを見ると酷く胸が痛んで泣いた事もある。

これに共感してくれる人もいれば、そんなに…と困惑する人もいるだろう。

人口の約8割の人には理解が難しい感情の揺れだと思う。

私自身でも、その起伏の不安定さに驚くのだから。(笑)

日常の中の感情の揺れは話さない事で隠す事が出来たけれど、高校生になってアルバイトに出るようになり更に自分自身に戸惑う事になった。

職場に不機嫌な人がいると私自身が注意を受けた訳では無いのに、まるで叱られているような気分になり失敗してしまうのだ。

HSPの特徴である『刺激に敏感』というのは、共感性が高いのでニュースの例を挙げた通り、他人の感情も敏感に感じ取って、外部からの刺激として強く受けるのである。

他にも誰か職場の人に見られていると、緊張していつも難なくこなしている仕事を失敗してしまったり…。

そして何より、人から見れば私は社交性もコミュニケーション能力も高いと言われるけれど、本当はめちゃくちゃな人見知りでもあった。

休憩時間の他愛ない会話でも人の機微に敏感なあまり、私の話で不愉快になってしまっていないかとか、「あれは言わない方が良かったかも」「もっと別の伝え方があったかも」と考える事が増えた。

そのたった一言のモヤモヤを大体1週間は思い出して落ち込む。

結果、人と接すると楽しい筈なのに、家に帰ると疲弊しているのだ。

会話同様にメッセージのやり取りも深く考える。

「これで失礼無いだろうか」「この文章はおかしくないだろうか?」なんて事はしょっちゅうで、それは友人相手にも変わらない。

SNS等でもメッセージを頂くとめっちゃ嬉しいくせに、いざ自らがコメントしようとすると、深く考えるあまり取り消してしまう事が大半である。

職場で開かれるBBQとかの行事も、楽しい筈がどうにも疲れて仕方がない。

しかし、辺りの同僚や友人たちはどうだろう?

皆そんな事はないと言うのだから、私がおかしいのだと思った。

そうして、どうして私はこうなのだろう?と、また考え込んでしまうのである。

ただ、私の幸いは家族が同じ感性の持ち主たちだった事だろう。

これは本当に大きい。

社会に出れば話せない事も、家族には素直な気持ちのまま話し、共感してもらう事が出来た。

人生の中で共感し理解してくれる人の存在があるだけで、どれ程救われるだろう。

今私がルームシェアしている親友ちゃんは繊細さんでは無いものの、私の性質を理解してくれている1人なのである。

HSPだと自覚して幸せになった

私がHSPを自覚した後、心にはすぐに変化が起こり始めた。

まず、自分を『変だ』と責める事をしなくなったのだ。

同じ性質である家族の中で自身を、ましてや家族を変だと思った事は無い。

だけど社会に出た私は漠然と疲弊して、うまく馴染み切れずに過ごしているのだ。

転職して環境が変わっても、それは変わらない…という現実に打ちひしがれたりもした。

しかし、私は『繊細な性質を持っている』と知ってから、そんな不毛な考えが頭を占める時間は格段に減った。

だって私はこうなのだから!という開き直りにも近い感じだ。(笑)

職場で誰かが不機嫌だと気分が沈む事に変わり無いけれど、『気にする事はない』と瞬時に思えるようになった。

そして繊細だからこその強みが見えてきたのである。

接客業などで働いていた時は、困っているお客さんに寄り添って、大変喜んでもらえる事が増えた。

それは私が人の感情に敏感だからこそ、困っている事を感じ、寄り添えた。

そして喜ぶお客さんに「ありがとう」と言われると、そこもまた共感性が高い故にめちゃくちゃ嬉しいのだ。

人は誰しも、自身の成した仕事に対して相手が喜んでくれたら嬉しいけれど、HSPの特性で感じる喜びの感情はそうでない人に比べて遥かに大きいのではないだろうか。

嗅覚や聴覚、味覚など他にも敏感故に得する事が沢山ある。

聴覚が敏感で地下鉄などの大きい音が苦手だったりするけれど、音楽を聴いた時の感動は人一倍。

私は特性を自覚してから自分の好きな曲でも、気分が沈むと感じるものはあまり聞かなくなった。

私で言うハイテンションなアニメソングとか、代わりにワクワクしたり胸躍る曲を聞くと気分まで前向きになるのだと気が付いたのだ。

他にも悲しいニュースを見過ぎない、情報過多にならないようにやたらにネットを見ない等で自分の気分と付き合う工夫を始めた。

結果的にネガ